東京高等裁判所 昭和43年(ネ)881号 判決 1969年7月15日
中小企業金融公庫
被控訴人
秋田銀行
理由
本件土地建物及び本件機械器具類は昭和三二年五月九日控訴会社がこれを競落してその所有権を取得したものであること、本件土地建物につき被控訴人等のため控訴会社主張のような所有権移転及び抵当権設定の各登記のなされあることは当事者間に争がない。
そこで、被控訴人東北製紙のために所有権移転登記がなされるに至つた経緯について判断する。
《証拠》を総合すると、本件土地建物及び機械器具類はもと秋田木材株式会社の所有であつたところ、昭和三二年五月九日控訴会社が被控訴人秋田銀行から金一、三五〇万円の融資を受けて代金一、四五〇万円で競落してその所有権を取得したものであるが、控訴会社の代表取締役松下広平は右土地建物機械器具類を利用して製紙業の経営に乗り出すことを思い立ち、同月二〇日自らを代表取締役、控訴会社の従業員であつた石田宏、その友人である黒沢泰治等を取締役とする米代製紙株式会社を設立し、黒沢を現地の工場長として機械設備を整備し、クラフト紙等の生産にかかろうとしたところ、同年七月頃控訴会社が多額の融通手形を交換していた静岡の三平製紙株式会社で不渡手形を出したためそのあおりを受けて事実上の倒産状態に陥り、控訴会社と運営資金源を同じくする米代製紙の事業も頓挫するに至つたこと、しかして、控訴会社はその頃債務の整理をしたところ、DXアンテナ株式会社を経営する浅見保芳からの借入金約金六六〇万円を支払うべき目途がつかなかつたので、同年一一月頃浅見と控訴会社代表取締役の松下、控訴会社の営業経理担当で米代製紙の取締役でもある石田、米代製紙の取締役工場長である黒沢が会合して協議した結果、浅見は控訴会社が米代製紙の事業に関連して負担する債務、すなわち本件土地建物及び機械器具類の競落のための被控訴人秋田銀行に対する金一、三五〇万円、利息約金七〇万円の債務、篠田工業に対する機械買掛代金約金二〇〇万円の債務及び小額買掛代金合計約金五〇万円の債務を引受けることとし、控訴会社は浅見に対する約金六六〇万円の債務の支払及び右債務引受の代償として、その所有にかかる米代製紙の工場及びその敷地である本件土地建物並びに機械器具類を譲渡し、米代製紙の事業は浅見が代わつてこれを行なうこととし、松下は浅見、石田及び黒沢に対し控訴会社の社印、代表取締役の実印等本件土地建物の所有権移転登記手続に必要な印鑑、書類等を手交して事後処理一切を委ね、自らは米代製紙の経営からはもとより控訴会社の経営からも全く手を引くに至つたこと、浅見はかくして米代製紙の事業を引継いで行なうこととなり、米代製紙時代と同様黒沢を工場長として現実の経営に当らせたが、本件土地建物の控訴会社からの所有権移転登記は多額の登録税を納付しなければならないのでこれを行なわず、控訴会社所有名義のままとしておいたこと、しかるに浅見は事業引継以来新機械設備、材料費及び諸経費等に約金一、〇〇〇万円の資金を投下したが、事業の経営が思わしくないので、昭和三三年七月頃かねて旧知の藤原勝郎を通じ同人とともに第一電光株式会社を経営する桜井満雄に対し製紙事業を含め本件土地建物及び機械器具類の一切を買取つてくれるよう申入れ、桜井及び藤原は本件土地建物を現地について検分の上その頃秋田製紙株式会社なる事業体を発足させ、右秋田製紙の名において浅見との間で浅見に対し本件土地建物及び機械器具類の譲渡代金として金一、五〇〇万円を支払い、浅見が被控訴人秋田銀行に対して負担している金一、五〇〇万円の債務はこれを秋田製紙が引受けて支払うことを骨子とする本件土地建物及び機械器具類の譲渡契約を結び、浅見から控訴会社の社印、代表取締役の実印及びその他本件土地建物の所有権移転登記手続に必要な書類の一切の交付を受け、同年一〇月二三日頃同じく秋田製紙の名において被控訴人秋田銀行との間で右債務引受に関する契約を結び、同年一一月三日頃から主としてダンボールの芯の製造を始め、次いで昭和三五年春秋田製紙を東北板紙株式会社と商号を変更して板紙の製造に乗出したが、約金二、〇〇〇万円の資金を投入しても次第に赤字が累積し、資金が続かなくなつてきたので、昭和三七年二月頃右製紙事業を他へ譲渡することとしたこと、そこで、藤原はその頃被控訴人東北製紙株式会社の代表取締役であつた旧知の峰尾静彦と本件土地建物及び機械器具類の買取方を交渉し、本件土地建物及び機械器具類は同年三月頃東北板紙から被控訴人東北製紙に対し被控訴人秋田銀行に対する債務等営業に関する一切の権利義務とともに金六、五〇〇万円で譲渡され、これに伴い控訴会社の社印、代表取締役の実印及び本件土地建物の所有権移転登記手続に必要な書類一切が東北板紙から被控訴人東北製紙に譲渡されることとなつたこと、しかして、藤原は被控訴人東北製紙の東北板紙に対する右譲渡代金が完済されるまでという趣旨で峰尾と並んで被控訴人東北製紙の代表取締役に就任し、控訴会社の社印、代表取締役の実印その他の書類を保管していたが、同年四月頃被控訴人東北製紙において本件土地建物の増改築工事を行なうについて被控訴人新東亞交易株式会社及び同中小企業金融公庫から融資を受けるため本件土地建物に抵当権を設定しなければならなくなり、その前提として本件土地建物につき被控訴人東北製紙名義に所有権移転登記手続をなす必要を生じたので、登録税の負担をでき得るかぎり少額とするため控訴会社からの無償譲渡という形式でこれを行なうこととし、同年八月頃その所持する控訴会社の社印及び代表取締役の実印等を使用して浅見及び東北板紙の中間者を省略し、控訴会社から直接被控訴人東北製紙に対する同年四月一日付の無償譲渡証、控訴会社名義の委任状(甲第八号証の三)を作成し、その頃交付を受けた控訴会社の印鑑証明書(同号証の四)を添付して同年九月四日秋田地方法務局二ツ井出張所受付第二八〇〇号を以て控訴会社から被控訴人東北製紙に対する右無償譲渡を原因とする所有権移転登記手続がなされたことを認めることができる。原審証人浅見堯の証言並びに原審及び当審での控訴会社代表者松下広平尋問の結果中右認定に反する部分は措信することができず、他に右認定を覆すに足りる措信すべき証拠は存在しない。
右認定の事実によつて考えると、本件土地建物及び本件機械器具類の所有権は控訴会社から浅見へ、浅見から秋田製紙(後に東北板紙と商号を変更)へ、秋田製紙の後身である東北板紙から被控訴人東北製紙へと順次譲渡されたものであり、本件土地建物(機械器具類を含む)につきなされある控訴会社から被控訴人東北製紙に対する前示所有権移転登記は中間者である浅見及び東北板紙(旧商号秋田製紙)に対する登記手続を省略したいわゆる中間省略の登記であるけれども、現在の真実の所有権の所在と合致した登記であることが明らかである。もつとも、原審証人藤原勝郎の証言並びに原審及び当審での控訴会社代表者松下広平尋問の結果によれば、控訴会社代表取締役松下は昭和三七年九月四日当時控訴会社から被控訴人東北製紙に対し所有権移転登記手続をなすことになかなか同意しようとしなかつたことが認められるが、右認定のごとく松下が昭和三二年一一月頃本件土地建物及び機械器具類を浅見に譲渡したのは控訴会社の浅見に対する従前の債務の弁済及び浅見が引受けた控訴会社の債務に対する代償としてであつたから、控訴会社は当時すでにその譲渡の対価を得ているのみならず、松下は右譲渡に際し浅見に対し控訴会社の社印、代表取締役の実印その他本件土地建物の所有権移転登記手続に必要な書類を交付してその使用を一任しており、将来本件土地建物につき如何なる者の所有名義の登記がなされるかについては特別の関心を有しなかつたことを推認するに難くないのであるから、一旦右中間省略による登記がなされた以上その無効を主張するにつき何等正当の利益を有するものとはいい難いものといわなければならない。しからば、右中間省略によつてなされある被控訴人東北製紙のための所有権移転登記は、たとえ現在控訴会社の代表取締役松下の意に添わないものであるとしても、これを以て無効とさるべき筋合のものではなく、有効というべきものである。
しかして、被控訴人新東亞交易、同中小企業金融公庫及び同秋田銀行が本件土地建物につき有する各抵当権設定登記は被控訴人東北製紙の有効な右所有権取得登記を基礎とするものであつて、何等無効を以て目さるべきものではないことが明白である。
さすれば、控訴会社の被控訴人等に対し本件土地建物につきなされある前記各登記の抹消登記手続を求める請求並びに被控訴人中小企業金融公庫及び同秋田銀行に対し当審において追加された同新東亞交易の根抵当権設定登記の抹消につき承諾を求める旨の請求はいずれも失当として棄却さるべきものである。
次に、被控訴人東北製紙が本件土地建物及び機械器具類を占有していることは当事者間に争がない。しかし、右認定の事実から明らかなように被控訴人東北製紙の本件土地建物及び機械器具類を占有するのはその所有権に基くものであることが明らかであるから、被控訴人東北製紙に対しこれが引渡を求める控訴会社の請求はもとより失当として棄却を免れない。
してみると、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項の規定に従いこれを棄却し、当審において追加された控訴会社の被控訴人中小企業金融公庫及び同秋田銀行に対する請求もこれを棄却する。